地形が決める“食の距離感” ― 兵庫編:まちの形と外食文化の地図

兵庫県内の市区町別・人口1,000人あたり飲食店数を示すヒートマップ。阪神間と神戸市中心部で高密度、丹波・但馬地域は低密度として表示。 データで見る住みやすさ

山と海がつくる食文化のグラデーション

兵庫県は、地形そのものがまちの姿を形づくってきた地域です。
北に日本海、南に瀬戸内海、そして中央には六甲山系がそびえる。
この「山と海の二重構造」が、経済の流れだけでなく、人の暮らし方や食文化の分布にも大きな影響を与えています。

地図を見れば、その違いは一目瞭然です。
瀬戸内沿岸部では、神戸・西宮・芦屋・尼崎といった阪神間を中心に、都市型の外食文化が発達。
オフィス街や住宅街が隣り合い、カフェや居酒屋が日常の延長として機能しています。

一方で、但馬や丹波の内陸部に目を向けると、まちの姿はまったく異なります。
観光地や温泉街、地域密着の個人店が中心で、「人が暮らすまちの食」と「訪れるまちの食」が混ざり合う構造です。

兵庫の食文化は、この地形のグラデーションの上に成り立っています。
山を越え、海を渡るたびに、“食の距離感”が少しずつ変わっていく特徴があります。

可視化①:阪神間・神戸・播磨・丹波・但馬の「五つの食圏」

出典:経済センサス2021・国勢調査2020・国土地理院地図をもとに作成(Python/GeoPandas)
※観光地では人口規模の影響により比率が高く出る場合があります

地図の結果を整理すると、兵庫県内の飲食店分布は、地形・交通・人口密度に強く規定されていることがわかります。
特に、阪神間から但馬、淡路島にかけての地域差は明確で、店舗密度と外食需要の構造が地域ごとに異なります。

阪神間エリア(神戸~西宮~芦屋~尼崎)では、通勤圏・商業地・住宅地が高密度に重なり合い、外食産業の集積度が高い傾向にあります。
喫茶店や居酒屋、中食サービスなど業種構成が多様で、人口1,000人あたり3〜5件と、県内では上位グループに位置します。

播磨エリア(姫路~加古川~明石)は、人口規模が大きく、地場商圏を中心とした飲食店が多くみられます。
中規模都市に特徴的な分布で、チェーン店舗と地域密着型店舗が共存しています。
統計的には人口1,000人あたり3件前後で、県全体の中央値付近にあたります。

但馬エリア(豊岡~朝来~養父)では、観光業による外食需要が主要因となっており、人口あたり店舗数が高く算出されます。
豊岡市は1,000人あたり6.56件と県内最高値を示しますが、実数はおよそ500店舗にとどまります。
このため、観光要因による高比率バイアスが生じており、地元住民の外食利便性を直接反映した値とはいえません。

丹波エリア(丹波・篠山)は、農業や住宅を中心とした地域構造を反映し、飲食店密度は2〜3件/1,000人前後と比較的低い水準です。
業種構成は地域内需要型が中心で、都市部のような多業態化は限定的です。

淡路島エリア(洲本・南あわじ・淡路)は、観光・宿泊関連需要の影響が大きく、人口規模に対して飲食店数が多いことが特徴です。
洲本市では1,000人あたり4.9件、南あわじ市でも4.5件を超えており、観光地特有の高密度な構造が確認できます。

総じて、兵庫県の飲食店分布は「地形(山・海)」「交通インフラ」「観光依存度」という三つの要因によって説明できる結果となっています。
六甲山以南の沿岸部では都市型・通勤圏型の構造が支配的であるのに対し、内陸部や北部では観光需要または地域内完結型の構造が優勢です。
この違いが、ヒートマップ上で確認できる色の濃淡の差を生じさせています。

可視化②:兵庫県市区町ランキングでみる「食とまちの賑わい」

順位自治体名飲食店数人口店舗/1,000人
1神戸市中央区3,640147,51824.67
2神戸市兵庫区827109,1447.58
3豊岡市50877,4896.56
4神戸市長田区56494,7915.95
5淡路市21241,9675.05
6洲本市20341,2364.92
7神戸市灘区643136,7474.70
8朝来市13528,9894.66
9西脇市18038,6734.65
10南あわじ市20044,1374.53
11神河町4810,6164.52
12赤穂市20645,8924.49
13姫路市2,297530,4954.33
14尼崎市1,988459,5934.33
15丹波篠山市16739,6114.22
16新温泉町5513,3184.13
17加東市16140,6453.96
18高砂市34687,7223.94
19佐用町6115,8633.85
20三木市28775,2943.81
21相生市10628,3553.74
22小野市16747,5623.51
23加古川市900260,8783.45
24明石市1,061303,6013.49
25太子町11933,4773.55
26神戸市東灘区672213,5623.15
27播磨町10533,6043.12
28芦屋市29393,9223.12
29伊丹市610198,1383.08
30西宮市1,567485,5873.23
31養父市7322,1293.30
32宍粟市11534,8193.30
33福崎町6519,3773.35
34上郡町4013,8792.88
35丹波市16561,4712.68
36神戸市須磨区411158,7192.59
37たつの市18474,3162.48
38川西市378152,3212.48
39稲美町7230,2682.38
40多可町4419,2612.28
41神戸市垂水区483215,3022.24
42宝塚市492226,4322.17
43加西市9142,7002.13
44三田市228109,2382.09
45市川町2311,2312.05
46神戸市北区422210,4922.00
47猪名川町5129,6801.72
48神戸市西区339238,8771.42

ランキング表の結果をみると、兵庫県内では明確な地域差が確認できます。
上位には神戸市中央区、芦屋市、西宮市、明石市、洲本市が並び、都市機能や観光需要が集中する地域が高密度を示しています。
一方、中位には加古川市、姫路市、尼崎市など、人口規模が大きく生活圏型の外食需要が中心となる都市が位置します。
下位には丹波市、宍粟市、佐用町など、農村・住宅地型の自治体が多く、店舗密度は2〜3件/1,000人前後と低水準です。


コラム:観光で膨らむ「食の分母」

但馬や淡路の地域では、人口規模が小さい一方で観光客が多く訪れるため、人口1,000人あたりの飲食店数が相対的に高く算出される傾向があります。
これは外食文化の強さを示すというよりも、観光産業が地域経済の比率を押し上げている結果といえます。
“人口あたり”という指標の背後には、こうした地域経済構造の違いが存在します。


統計構造上の注意:比率と実態のズレ

但馬地域(豊岡市・朝来市など)では、高比率バイアスが確認されます。
豊岡市は1,000人あたり6.5件と県内最高値を示しますが、実数は約500店舗にとどまります。
この値は城崎温泉や出石そば街道といった観光需要によるもので、地元住民の外食利便性を直接的に表すものではありません。

神戸市中央区は、24.7件/1,000人と全国的にも突出した数値を示します。
三宮や旧居留地など、業務・商業・観光機能が高密度に集積しており、都市構造上の特異点として理解するのが妥当です。

一方、播磨エリア(姫路市・加古川市・明石市)では、人口規模に見合った飲食店数が確保されており、県内でも安定した中間層を形成しています。
これらの都市では、観光よりも地場産業と日常需要が外食市場を支えており、「生活圏型の外食文化」が定着しているといえます。

地形と交通がつくる「食の距離感」

大阪圏と比較すると、兵庫県の外食構造は「徒歩圏で完結する食」のみではなく、「移動を前提とした食」が中心となっています。
飲食店の立地は、鉄道沿線や高速道路のインターチェンジ周辺、あるいは観光地を起点として形成されており、交通インフラとの関連が明確です。

六甲山系を境に、わずか数キロの距離でも飲食店密度や業種構成が大きく変化します。
この分布の差は、都市構造というよりも、生活圏と移動圏の違いを反映したものと考えられます。
兵庫では、どこで暮らすかという選択が、そのまま「どの距離まで食を取りに行くか」という行動特性と重なっており、食文化の地理的多様性を示しています。

まとめ・兵庫の食文化

飲食店の分布を指標として見ると、兵庫県の地理的特性がそのまま反映されていることがわかります。
飲食店密度は、地形と交通の履歴を記録するデータそのものであり、海沿い・内陸・山間といった立地条件の違いが、食の供給構造を明確に分けています。

山と海に挟まれた地域では、食文化が土地に根づきつつも、観光や物流によって継続的に更新されています。
地形と経済活動の重なりを可視化することで、地域ごとの「食の構造的な持続性」が浮かび上がります。

次回の「奈良編」では、内陸県という立地条件のもとで形成された、静かで循環型の食文化を分析します。

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