発生確率60~90%に見直し。南海トラフ地震津波と淀川の関係
南海トラフ巨大地震の発生確率が「80%程度」から「60~90%程度以上」へと見直されたことが、政府の地震調査委員会から発表されました(NHK WEB:南海トラフ巨大地震の発生確率 政府の地震調査委が見直し)。これは確率が下がったわけでも上がったわけでもなく、史料解釈や計算モデルを精緻化した結果、幅を持たせた表現に変わったものです。
専門家は「大きな地震が起きる可能性は日々少しずつ高まっており、いずれ必ず発生するもの」と警鐘を鳴らしています。
そうした中、関西圏の住民の方々からしばしば耳にする不安が「津波が河川を遡上して自分たちのまちまで来るのではないか」というものです。京阪神を貫く大河川である淀川は、京都と大阪を結ぶ大動脈。その流域に暮らす人々にとって、津波リスクの正しい理解は生活の安心に直結します。
本記事では、大阪府・京都府が公表する津波浸水想定をもとに、淀川流域の津波遡上リスクを整理していきます。
淀川の概要と沿線自治体
淀川は琵琶湖を源流とし、宇治川・桂川・木津川が合流して大阪湾へ注ぐ大河川です。延長は約75kmと決して長大ではありませんが、「関西の水瓶」と呼ばれる琵琶湖を背景に、京都・大阪を結ぶ命綱として古くから人々の暮らしと発展を支えてきました。
歴史的には、安土桃山時代から江戸時代にかけては 淀川舟運 が整備され、米や酒、木材などの物資を京都から大阪、さらには全国へと運ぶ大動脈となりました。大阪が「天下の台所」と呼ばれるほど栄えたのも、淀川の存在があってこそです。
また、明治以降は治水事業が繰り返され、近代都市大阪の形成にも大きな役割を果たしました。現在でも淀川は水道水や工業用水の供給源であり、まさに「関西の水の大動脈」と言えます。
津波リスクに関する誤解
「川沿いは津波が必ず遡上する」というイメージがありますが、実態は異なります。
津波は海底の地殻変動で発生する長大な波であり、エネルギーが最も強いのは海岸や河口部の近くです。河川を遡るにつれて摩擦や河道の狭さで急速にエネルギーを失い、数キロ・数十キロといったスパンになるとその力は急激に減衰します。【参考:大阪府「津波浸水想定図」】。
実際に津波の大きな影響が想定されているのは、大阪市の臨海部—とくに此花区や西淀川区といった河口付近の低地エリアです。ただし、福島区・北区・都島区・城東区など、大川や淀川沿いの低地、支川沿いの一部の内陸部については、区のハザードマップに津波浸水が図示されており、内陸区であっても局所的に津波リスクがあることがわかります。
一方で、守口市・摂津市・門真市・枚方市・高槻市・島本町・八幡市、さらには京都市内に入ると、津波の影響は想定されておらず、リスクの中心は洪水(河川氾濫や内水氾濫)です。【大阪市 水害ハザードマップ】。
加えて、淀川下流には淀川大堰や毛馬閘門といった堰や水門が整備され、津波や高潮の逆流を弱める仕組みが機能しています。これらの施設によって、川を通じて、津波が上流部や支流部まで広範囲にさかのぼるリスクは大きく抑えられています。
👉 淀川流域における津波リスクは大阪市の臨海部・淀川沿線区と一部の内陸区に限られ、さらに上流域の都市では洪水リスクこそが現実的な平時の水害への備えの対象といえます。
淀川流域自治体と水害リスク対照表
区分 | 自治体 | 接する河川 | 主なリスク |
---|---|---|---|
本流(新淀川) | 八幡市(京都府) | 三川合流部 | 洪水(外水・内水) |
京都市伏見区(淀地区・近接) | 合流点付近 | 洪水(外水) | |
島本町 | 淀川右岸 | 洪水 | |
高槻市 | 淀川右岸 | 洪水 | |
枚方市 | 淀川左岸 | 洪水 | |
摂津市 | 淀川右岸 | 洪水 | |
寝屋川市 | 淀川左岸 | 洪水 | |
守口市 | 淀川左岸 | 洪水 | |
大阪市 淀川区・東淀川区(一部)・旭区(一部) | 淀川 | 津波、洪水 | |
大阪市 西淀川区・此花区 | 淀川河口部 | 津波、洪水 | |
新淀川・旧淀川(大川) | 大阪市 北区・中央区・都島区・福島区 | 淀川・大川(旧淀川) | 津波、洪水 |
支川 | 神崎川上流(豊中市・吹田市など) | 神崎川 | 洪水 |
寝屋川水系(城東区・門真市・守口市・寝屋川市ほか) | 寝屋川 | 津波(城東区・鶴見区の一部に内陸浸水想定)、洪水 |
津波リスクが残る範囲
南海トラフ地震による津波で、淀川流域に実際のリスクが残るのは「河口部から数キロの低地」に集中しています。具体的には、大阪市西淀川区や此花区の臨海部が代表例で、津波リスクが高い区域として大阪府の「津波浸水想定図」に明示されています。これらは大阪湾に直接面しており、高潮や津波の影響を強く受けやすい地形です。また、臨海部から上流の淀川区・福島区についても区の大半の地域に浸水リスクが図示されています。
流域の大阪市中心部である北区は「津波リスク中」にあたります。商業施設やオフィスが集積し、人口も非常に密集しているエリアで、区のハザードマップでは梅田周辺を含む広い範囲に津波浸水リスクが図示されています。そのため、単に「自宅があるかどうか」だけでなく、職場や通勤先、繁華街での滞在中に被災する可能性を想定することが重要です。特に梅田は鉄道各線が集中する交通の要衝でもあり、発災直後には帰宅困難者や駅周辺での混乱リスクも高まります。北区は臨海部のように区の大部分で水没するわけではありませんが、「都心で津波浸水が想定されている」という事実を軽視するのは危険です。日常的に訪れる人の多さを踏まえ、梅田周辺に関わる方は事前の避難行動や情報確認を意識する必要があります。
北区より上流に位置する東淀川区や旭区でも、区の一部で津波浸水が想定されています。また、大川に接する都島区も同様に一部地域で浸水リスクが図示されています。さらに、直接海や本流に面していない寝屋川水系の城東区や鶴見区といった内陸部でも、区のハザードマップには局所的に津波浸水が示されており、「内陸だから津波は来ない」という思い込みは誤りであることがわかります。
一方でさらに上流域の守口市・門真市・摂津市・枚方市・高槻市・八幡市や京都市伏見区淀地区は「津波リスクなし」です。地形的に標高が高く、また海岸からの距離が長いため、津波の遡上は想定されていません。これらの地域にとっての脅威は、津波ではなく洪水(外水氾濫や内水氾濫)が中心です。
先述の通り淀川下流には淀川大堰や毛馬閘門などの水門・堰が整備されており、津波や高潮の逆流を抑える役割を担っています。平常時は水位管理や塩水遡上の抑制に使われ、災害時にはゲート閉鎖でリスク低減に寄与します。ただし「完全に防ぐ」ことまでは保証されていません。大規模地震直後にゲートが閉じられない場合や、想定を超える津波が到達した場合は、河川を遡上して浸水が広がる可能性が残ります。
👉 リスクが存在する自治体にお住まいやお仕事をされている方は、ご自身の居住地域や生活エリアのハザードマップを必ず確認し、津波と洪水それぞれのリスクを理解した上で備えを進めることが重要です。
まとめ
南海トラフ地震による津波で大きなリスクが想定されているのは、淀川流域の中でも大阪市の臨海部(此花区・西淀川区など)に限られます。一方で、枚方市や高槻市、そして京都市伏見区淀地区といった上流域にまで津波がさかのぼることはありません。
ただし、大阪市を中心に臨海・沿線地域(北区・中央区・都島区・福島区など)では、区ごとのハザードマップに津波図面が用意されており、河川や運河沿いで局所的に浸水が想定されるため、日頃の備えが十分に求められます。
👉 正しいリスクを理解するためには、一般的な情報だけで安心せず、必ず自分の住む自治体が公開している津波浸水想定マップや水害ハザードマップを確認しておくことが大切です。備えは「正しく怖がる」ことから始まります。
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