河口から考える大和川の津波リスク
南海トラフ巨大地震の発生確率について、政府の地震調査委員会は昨日、30年以内の発生確率を「70〜80%」から「60〜70%」に見直しました。数字上はやや低下しましたが、依然として極めて高い確率であることに変わりはありません。
そうした中で、「津波はどこまで遡上するのか」という疑問は、大和川沿線の住民にとって大きな関心事です。
淀川では「津波が数十キロ上流まで伝わる」と言われることがあります。実際には淀川大堰や防潮水門もあり、大阪市よりも上流部の沿線都市にまで浸水が一気に広がるわけではありません。ただし、津波のエネルギーによって水位上昇が上流まで及ぶことは確認されています。
大和川についても「八尾や柏原まで津波が上るのではないか」という声を耳にします。しかし、最新の大阪府や市町村のハザードマップを見る限り、津波浸水が想定されているのは河口から臨海低地にかけての地域です。結論から述べると、内陸部である八尾市や柏原市は、洪水や内水氾濫のリスクこそ高いものの、津波浸水の想定はされていません。
この記事では、政府のリスク見直しを踏まえながら、河口部から内陸へと視線を移し、大和川沿線の津波リスクを整理します。そして、淀川との比較を交えながら「本当に注意すべきエリアはどこなのか」を考えていきます。
河口・臨海部のリスク:複合的に重なる“水害の交点”
臨海低地の地形と脆弱性
大和川が大阪湾へ注ぐ河口部、大阪市住之江区・住吉区・西成区周辺は、標高が非常に低い地域です。海面とほとんど高低差がないため、津波や高潮の影響を直接受けやすい特徴があります。
ハザードマップが示す現実
大阪市や区ごとのハザードマップを確認すると、津波浸水想定区域と大和川の洪水想定区域が一部で重なっています。これは「津波と洪水の両方のリスクが存在するエリア」であることを意味します。特に標高が低く排水が難しい地域では、津波でも洪水でも浸水が長く滞留する可能性があり、複合的な被害を受けやすい場所といえます。水害に関連して、天井川の沿線や低標高地域で注意したいのが内水氾濫です。
内水氾濫とは、大雨や高潮・津波によって河川や海の水位が高くなり、下水道や排水ポンプが機能不全に陥ることで、雨水や生活排水が市街地に溜まって浸水する現象です。津波そのものによる浸水に加えて、排水不能による「水が引かない状況」が重なることで、結果的に被害が拡大するおそれがあるのです。
河口から3〜8 km:住之江・住吉区・西成区の津波リスク
大和川河口からおよそ3〜8km圏には、住吉区・住之江区・西成区などの臨海低地エリアが広がっています。例えば、住吉区のハザードマップを見ると、南海トラフ巨大地震による津波浸水の想定区域が含まれており、津波波及のリスクが行政想定レベルで考慮されています。

このエリアにおいては、単に「海から距離がある」だけでは津波浸水の可能性を否定できません。標高の低さ、河口近接の地形、周辺の水路・排水構造などが重なれば、津波の波が浸入する/あるいは波による水位上昇が影響を及ぼす可能性が残るからです。ハザードマップは最大想定ケースを示しており、実際の地震・津波条件次第で浸水エリアは変化します。
この地域では、水平避難(海側から離れる方向への避難)に加え、津波避難ビルなどへの垂直避難が制度設計として整備されています。大阪市では市立施設や民間施設を利用した「津波避難ビル・水害時避難ビル」のリストを公表しており、住吉区などでも該当施設が存在します。
河口から3〜8km以内:堺市臨海部の津波リスク
大和川の南側に広がる堺市域も、南海トラフ巨大地震の津波リスクを抱えています。大阪府の想定によれば、大和川沿線の堺市内で津波浸水が想定されているのは堺区と西区です。
堺区
堺区は旧堺港や臨海部の低地が集中しており、津波浸水想定区域が広く設定されています。津波が到達するまでの最短時間は約110分と見積もられており、地震発生後すぐに行動を起こす余裕は限られています 。
堺市の津波ハザードマップでは、英彰・湊・三宝など対象区の校区ごとに津波浸水区域が示され、避難目標や避難路が明示されています 。
西区
堺市西区は大和川には隣接していませんが、石津川の河口周辺や浜寺地区の沿岸が津波浸水想定区域となっています。大阪府の想定によると、最短到達時間は約101分とされ、堺区と同様に避難準備は迅速さが求められます 。
西区の津波ハザードマップでは、浜寺石津・浜寺などの校区ごとに詳細な浸水範囲と避難目標が図示されています 。

避難行動の要点
堺区・西区では、津波浸水が想定される区域に住む住民に対して、水平避難(海側から内陸へ)と垂直避難(津波避難ビルなど高層階への避難)の併用が求められます。堺市は大阪市と同様市内の津波避難ビル一覧を公開しており、イオンモール堺鉄砲町、三宝小学校、月州中学校などが指定されています 。
内陸区との違い
一方で、中区・東区・北区・南区・美原区などの内陸区では、津波浸水の想定は公表されていません。これらの地域は洪水や内水氾濫のリスクが主眼であり、津波に関しては堺区・西区に比べて低リスクと位置づけられています 。
大和川をさらに上る:内陸部(松原 → 八尾 → 柏原)
津波リスクの結論
大阪府が公表している「南海トラフ巨大地震 津波浸水想定図」を確認すると、松原市・八尾市・柏原市には津波浸水想定区域は示されていません。つまり、これらの自治体では「津波が大和川を遡上して直接浸水をもたらす」という想定は行政上行われていません。
想定される主な水害リスク
- 松原市:津波想定はなし。ただし大和川や支川(西除川・東除川)の洪水リスクが高く、想定最大規模降雨時には市街地の広範囲で浸水が想定されています。
- 八尾市:津波想定はなし。市が公開するハザードマップでも「津波浸水想定区域なし」と明記されています。一方で大和川・玉串川などの洪水、内水氾濫、土砂災害(東部丘陵地)が主な対象です。
- 柏原市:津波想定はなし。大和川・石川・平野川の氾濫に加え、山間部の土砂災害リスクが重視されています。
誤解を避けるために
「津波が八尾や柏原まで上るのではないか」という声を耳にすることがあります。しかし、現行の津波ハザードマップにそのような想定はなく、根拠のあるリスクは洪水・内水・土砂災害です。つまり、津波浸水は想定されていないが“水害リスク自体が低いわけではない”という整理が重要です。
住民が備えるべき視点
内陸部の沿川自治体においては、津波避難ビルよりもむしろ「洪水・内水氾濫に備えた避難所や批難ルートの確認」が現実的です。ハザードマップを用いて自宅や職場の「想定浸水深」「浸水継続時間」を確認し、避難判断の基準を持っておくことが求められます。
津波は大和川をどこまで遡上するのか――結論と備え
大和川の津波リスクを河口から内陸へとたどってきましたが、
津波浸水が想定されているのは河口部と上流数キロまでの臨海低地に限られており、八尾や柏原といった内陸部では津波浸水の想定はありません。
大阪市住之江区・住吉区・西成区、堺市堺区といった大和川の河口部に位置する地域では、南海トラフ巨大地震の際に津波浸水が発生することが行政のハザードマップで示されています。これらの地域は標高が低く、川と海が接する場所であるため、津波が最初に押し寄せる“最前線”です。避難は水平移動と垂直避難の両方を組み合わせることが欠かせません。
一方で、松原市・八尾市・柏原市・藤井寺市など大和川の内陸部では、津波浸水の想定は公表されていません。ただし「津波が来ない=安全」という意味ではなく、洪水や内水氾濫といった他の水害リスクが現実に存在しています。
大和川流域での津波リスクは「河口部・臨海低地に集中している」というのが結論です。そして、そこに住む住民はハザードマップをもとに「避難の場所と方法」を確認しておくことが最も重要です。
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